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2015年7月

「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産へ登録されました!

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萩反射炉

西洋式の鉄製大砲鋳造を目指した萩藩が、安政3年(1856)に建設した反射炉の遺跡です。当時は鉄製大砲を建造するには、衝撃に弱い硬い鉄を粘り気のある軟らかい鉄に溶解する必要があり、その装置として反射炉を用いていました。高さ10.5mの煙突にあたる部分が残り、反射炉が現存するのは、静岡県の韮山と萩の2ヶ所のみです。

2無題

恵美須ヶ鼻造船所跡

萩藩が、安政3年(1856)に設けた造船所の遺跡で、幕末に「丙辰丸」「庚申丸」という2隻の西洋式帆船を建造しました。丙辰丸はロシアの技術、庚申丸はオランダの技術が用いられており、このように2つの異なる技術による造船1つの造船所で行った例は他にないこと、また幕末に建設されたもので唯一遺構が確認できる造船所であることが評価されています。

3無題

大板山たたら製鉄遺跡

砂鉄を原料に、木炭を燃焼させて鉄を作っていた江戸時代の製鉄所の跡。日本の伝統的な製鉄方法であるたたら製鉄の遺跡で、1750年代~1860年代の間に3回操業していました。恵美須ヶ鼻造船所で建造した1隻目の西洋式帆船「丙辰丸」を建造する際に、大板山たたらで製鉄されたものが船釘などに利用されました。建物跡などの遺構が露出した形で整備されています。

4無題

萩城下町

萩城下町は、幕末に日本が産業化を目指した当時の地域社会における政治・行政・経済をあらわす資産で、城跡・旧上級武家地・旧町人地の3地区からなっています。 ここで萩藩の産業化や西洋技術の導入についての政策形成が行われ、また当時の城下町に高度な匠の技があったからこそ、日本の産業化が急速に進んだと考えられています。萩城下町は、産業化を試みた幕末の地域社会が有していた江戸時代の伝統と身分制、社会経済構造を非常によく示していることが評価されています

5無題

松下村塾

明治維新の先覚者吉田松陰が主宰した私塾。松陰は海防の観点から工学教育の重要性をいち早く提唱し、自力で産業近代化の実現を図ろうと説きました。黒船来航で欧米の軍事力を目の当たりにした松陰は、自分の目で海外の実情を確かめたいと考え、国禁を犯してまで黒船に乗り込んで海外密航を計画しました。 松陰の教えを受け継いだ塾生らの多くが、のちの日本の近代化・工業化の過程で重要な役割を担いました。

 

 

 

 

 

2015年7月7日未分類

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